私の世界はあなたで彩られる。









キミと一緒でないと、意味が無い









夕闇が迫る中で、窓に寄りかかって彼女は固く瞳を閉ざしていた。

黄昏ているように見えるその表情は何処か穏かで暗殺者の顔には到底見えない。

随分と腑抜けたものだとザンザスは少しばかり彼女に苛立ちを覚える。

此処最近の彼女の行動は浮き足立っているように見える。

獲物に感情移入して戸惑うということは昔と比べなくなっては居たが間違いなく彼は【いらだっている】

それというのも一時間ほど前の太陽がまだ明るく空に浮かんでいたときのこと。

ザンザスは何事もなく御曹司として用紙をバサバサと渡されて其れに目を通していた。

庭先で其処には似合わなさ過ぎる笑い声を耳にした。





「ちょ、ベル!やめなさい!」

「ヤダねー」



ぱしゃぱしゃと弾む水音が聞こえて、子供のようにはしゃぐ声に苛々し怒鳴ってやろうかとすら思ったが窓を閉めればいいことなので窓を閉めようと片手を窓に伸ばす――が、ザンザスの手はそこで止まって動きもぴたりと止まった。

太陽に照らされて笑う彼女とベルフェゴール、そしてとばっちりを受けているスクアーロの姿が目に飛び込んでくる。



「う゛おおおい!テメェ何しやがる!」

「スク、怒らないでよ私じゃないの見て解るでしょ!」

「うしし、だっせー」







ホースから出る水がスクアーロに直撃して水浸しになり今にも抜刀しそうなほど顔を修羅にするスクアーロにベルフェゴールの俺王子だし、とお約束の言葉が飛び交う。どうということのない、日常の風景。

だが、このときのザンザスには其れが自分と彼らが決定的に何かが【違う】ということを思い知らされるほどの細い細い線を見たような感覚を覚えた。




話は戻って、黄昏ているがゆっくりと開いた瞳はゆらゆらと陽炎のように艶やかに揺らめいていた。

それは確かに“女”としての顔。

ふっと笑ってザンザスの名前を言葉にした表情は年相応でいつもの彼女らしさがあるように思えた――が、ザンザスは其れが逆に苛々を強める。


「?どうかなさいましたか、ザンザス様」

「……



咽喉が乾ききっているのか、低い声が出る。しかしはそれについて大して驚きもせずはい、と繰り返した。

その瞳は爛々と相変わらず艶めきを持ちザンザスを捉えている。

ぐい、と腕をつかみ有無を言わさないほど強く強く、力を込める。その力に思わず声を漏らしはザンザスを見上げた。

ザンザスは口を少し吊り上げてニヤリと笑い壁際に追い詰めて彼女に繰り返して言い続ける。





「お前は、俺のものだ」



ぞくり、とする程の冷たくも熱を帯びた言葉にの脳内はショートしそうなほど、混乱していた。

強い瞳の奥に捉えていたつもりが逆に捉えられる。人が居ない部屋の隅に、夕焼けが差し込んで二人を照らし続ける。

戸惑うを全く無視してザンザスは繰り返した。

お前は、俺のものだ、と。

すう、と咽喉仏から手を這い唇に触れ、頬に触れ、そして胸倉を掴んで近づける。




「お前は、俺だけを見ていればいい」





他を見る必要はない、そう呟いたザンザスには目を何度か瞬きすると仄かに笑いありえません、と即答を返した。



「私の世界はザンザス様、貴方によって作られています。貴方が居ない世界など――不要です。貴方が居れば――」



私はそれでいい、と呟いた言葉は優しく、気高く。しかし決して恋愛感情を見せないような言葉。

彼らは決して交じり合えないということを他の誰でもない、彼ら自身が知っている。

身分違いの恋だと罵られ、暗殺者として生きてきた彼女もぼろ雑巾のように捨てられるだろう。

言えない言葉が、ザンザスの咽喉奥から危うく出そうになる。それを苦虫をつぶしたように眉間に皺を寄せ直ぐに顔を背けて力を込めていた腕を放し、に背中を見せて去っていった。

彼は彼女の数奇な運命をまだ知らない。彼女は彼の苦難な運命に気づけない。

これから先の、彼らの運命に――誰もまだ、気づけない。



Written by Setsuna * 20060904