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 錆びれた鉄筋、異臭が漂う真っ暗で陰気な倉庫。
 もう生存者なんていないだろうしいるだけ無駄だろうと踵を返した、直後だった。
 
 冷たい何かが頭の後ろに当たっている。
 慣れたもので、それが何であるかすぐにわかった。
 
 ああ、ドジを踏んだ。
 全部片付けたと思ってたのに、こんな初歩的なミスをするなんて笑うしかない。
 悪運も尽きた、もうここまでか。
 
 死ぬしかないのかな、と何処か諦めたような感情が脳裏を過った。
 
 
 「…お前、死にたいの?」
 「え?」
 
 
 不意に声をかけられて、私はどうしていいかわからなくなる。
 酷く、狼狽していた。(これから殺すって言う奴に同情でもしてるわけ?)
 
 汗の雫が玉になって、額から流れ落ちていく。
 振り向くことを許されないで、私は…私はどうなるんだろうと自嘲した。
 このまま死んでもまぁそんなに未練もないし、死んだら死んだで仕方ないとか思ってるから。
 潔いだか、無気力なんだか…。
 
 
 「殺りたいんなら、殺れば?」
 「何、諦めちゃってるわけ?」
 「聞いてるのはこっちだよ」
 
 
 ぎゅっと右手の中の銃を握り締めて、相手の出方を待った。
 チャンスがあるなら、後ろ手で隙をついて逃げるつもりだけど。
 どうやら、そんな生ぬるい相手ではないらしい。
 体中の血が沸騰して、危険だと信号を送ってる。
 
 視線だけで周りを見渡すと、ふっと溜息を溢した。
 仕方ない、自分はされて当然のことをした。
 だったら、最後くらいは潔く覚悟を決めなければ、でも。
 
 
 「自分が殺した相手に許しでも乞いたいの?そんなの許すわけがないじゃん」
 「あ…」
 
 
 笑い声が間近で聞こえた。
 
 わかってる、わかってるよ。
 私が犯した罪はそんなものじゃ償いきれなくて、きっと私の命ひとつじゃ測れないもの、なんだ。
 だから、私が死んでもきっと何も終わらないし変わらない。
 ただ、無駄なことなんだって。
 
 悔しくて、思わず奥歯を噛んだ。(だったらどうしろって言うんだよ!畜生!!)
 
 他に方法があるなら、とっくにそっちをとってる。
 でも、後ろにいるお前に殺されちゃうんだから仕方ないじゃないか。
 
 
 「殺すならさっさと殺せ!!お喋りしてると、その手逆に取られるわよっ」
 「あ、それ無理。オレ、そんなに弱くないんだよねー」
 「…だったら、何でさっさと殺らないわけ?」
 
 
 その一言で、一瞬の沈黙が起こった。
 心なしか、後ろに当てられた物が離れた気がする。
 
 それは一瞬の出来事で、声が出なかった。
 
 
 「な、何…っ!?」
 「お前、名前は?」
 「……」
 「ふーん…。あのさ、。一緒に来てほしいって言ったら、来る?オレ、アンタのこと気に入ったみたいなんだよねー」
 
 
 ふっと伝わった体温が、あまりにも暖かくて泣きそうになった。
 ああ、私殺されるんじゃなかったっけ?
 何でこんな、抱き締められてるんだろう…。
 
 視界を覆った暗闇に、一度だけチャンスが訪れる。
 それを取るのかは、私次第だった。
 
 
 「このまま死ぬより、そっちのほうが絶対いいと思うんだけど?」
 
 
 その手を取った理由、なんてない。
 ただ、差し出す手があったから、それだけのこと。
 
 夢を見るように、うっすらを目を閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ベルー、またこんなとこでサボって、ボスに怒られるでしょ?」
 「あー、大丈夫大丈夫。時間になったら行くし」
 「…あ、そ」
 
 
 芝生の上で寝転ぶベルに、ほっと安堵する。
 そよ風が心地いい…季節は秋を迎えていた。
 
 もう、あれから同じ季節を三度も回って、私はすっかりヴァリアーに馴染んでいて。
 隣りにはベルがいて、それで仲間もいて、かなりうまくやってると思う。
 
 結果はどうあれ、これで良かったなのかと笑った。
 それが一番良かった、なんて言えない。
 自分が元いたファミリーは今の仲間が潰しちゃったみたいだけど、不思議と何とも思えなかった。
 悲しいとか、辛いとかそんなものあるだけ無駄な気がする。
 とりあえず今はそれなりに幸せにやってるんだし、いいかなとか。
 
 
 「ああ、ー。言い忘れてたー」
 「え?」
 
 
 風が舞う。
 一気にそれは駆け抜けて行って、髪が雄々しく揺らいだ。
 草の香り、空の蒼さ、澄んだ声。
 
 
 「愛してる」
 
 
 それをしっかり耳で聞いた私は泣いた。
 泣いて泣いて拳を握り締めて、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一発の銃声を遠くで聞いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 こんなことがあったら、と思う。
 でも、それは儚い夢だった。
 
 私は、私のせいで私のために、命を尽きるしかない。
 誰かさんのせいで、なんてゴメンだ。
 だから、差し出された手を振り解いてしまったのだ。
 
 嗚呼、馬鹿な自分。
 夢を抱いても、結局実行できないでいる臆病者。
 『愛してる』だなんて、どうして言ってもらえる、だろう。
 
 
 「もし私がヴァリアーに入ったら、私達よきパートナーになれる?」
 
 
 返事はない、そんなことは知ってたけど最初から既に。
 同情、なんてしてくれるほど、お優しい人でもないことを。
 それでも、せめて最後だけは私にほんの少しの優しさを向けてくれてもいいのに、と自嘲する。
 
 
 
 
 
 振り返った先は、眩しいくらい綺麗な金髪の――――――…
 
 
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